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| フライトプラン |
最新鋭のジャンボ旅客機内で主人公カイル(ジュディー・フォスター)が、最愛の娘を取り戻すため、全乗員乗客を相手にたった一人で戦いを挑むサスペンス・アクション。監督はドイツの新鋭ロベルト・シュヴェンケ。
監督: ロベルト・シュヴェンケ 製作: ブライアン・グレイザー 製作総指揮: ロバート・ディノッツィ チャールズ・J・D・シュリッセル 脚本: ピーター・A・ダウリング ビリー・レイ 撮影: フロリアン・バルハウス プロダクションデザイン: アレック・ハモンド 衣装デザイン: スーザン・ライアル 編集: トム・ノーブル 音楽: ジェームズ・ホーナー 出演: ジョディ・フォスター / カイル・プラット ピーター・サースガード / カーソン ショーン・ビーン / リッチ機長 マーリーン・ローストン / ジュリア エリカ・クリステンセン / フィオナ ケイト・ビーハン / ステファニー グレタ・スカッキ / セラピスト マイケル・アービー / オベイド クリスチャン・ベルケル / モーチュアリ・ディレクター カーク・B・R・ウォーラー / グルニック ブレント・セクストン / エリアス マシュー・ボーマー / エリック
ストーリー 愛する夫を突然の事故で亡くし深い悲しみに暮れる航空機設計士のカイル。彼女は夫の遺体を引き取り、6歳の娘ジュリアと共に最新型のジャンボジェット機で帰国の途上にあった。ところが、飛行中の機内でジュリアが忽然と姿を消してしまう。しかし乗客はおろか乗務員の誰一人としてジュリアを見た者はいなかった。さらには搭乗記録すらも存在しなかったことが判明する。それでも必死にジュリアの行方を捜すカイルに対し、乗務員がFAXで送られてきた情報を伝える。それによると、ジュリアは夫と一緒に亡くなっていたのだった。すべては精神的ショックが原因の妄想だったのか? しかし、彼女が窓に書き残したハートを見て、カイルは娘が生きていることを確信して……
感想 航空パニック物は主人公を女にしなければならないという公式でもあるのだろうか。 たしかに、妻を亡くした夫が主人公では面白みに欠けるだろう。頭脳派でアクションとは無縁のような女性が大切な人のために思わぬ力を発揮するから面白いのだろう。
役者を知ったときは、その悪役顔からショーン・ビーン扮する機長あたりが怪しいと感じてしまうが、彼は随分と役によってイメージを変えるのが上手い。彼が登場した瞬間から、今までの役柄を払拭出来ており、リッチ機長そのものを非常に的確に演じていたように思う。 主演のジュディー・フォスターもさすがといえるだろう。 夫を亡くして間もない時の様子や、やつれた中にも凛とした雰囲気を持ったまさに知的な女性を体そのものから表現している。 だからよけいに、あまりにも読めてしまう犯人、そして犯人の演じ方が残念だ。あまりにも怪しすぎて、少なくとも主犯は確実に明確になってしまう。
また、航空機の設計上の問題もある。 貨物室にはそうそう簡単に客室から行けるものではないし、そもそも貨物室の気圧と酸素濃度は客室同様、地上と同じに設定はされていない。そのため、高度に合った気圧と酸素になるため、上空に飛行機が飛んでいる時に酸素ボンベをつけず、ましてや半そでで貨物室を飛んだりはねたりするなどありえないことだ。 第一、男が眠った少女を抱えて通路を歩いているのを誰も目撃しないなどということがありえるだろうか。消灯されてからならば荷物を運んでいるようにも見えるのだろうか。それにしても若干無理がある。
この航空機はイギリスの会社が開発した最新鋭の航空機に似ている。ラウンジが付いており、完全2層になっている点などかなり酷似している。しかし、あの航空機は試作品は出来たものの、まだ運用されていない。 もっとも、この映画が公開されるころには運用される予定だったので、製作者もそれを見越してこの映画を作っていたのだろうが、残念ながらそうはいかなかったようだ。
航空機テロ、アラブ人、差別的な乗客など現在の社会情勢も折込ながら、冒頭のシーンではモノトーンの色使いをすることで芸術性を出している。しかし、その原色を使った地下鉄の映像と雪景色のベルリンの街が随分と対照的になってしまう。対称性をわざと出しているのならいいが、そうは見えない。傘からしたたる水滴を追うなどカメラワークが抜群にいいのに対して随分と残念だ。
オープニング、エンディングは凝っていて面白かった。アクション物であるにもかかわらず静かな部分のとり方も非常に芸術的で美しかった。しかし、科学的な調査が足りなかったのではないか。優秀な技術者を主人公とするならば、製作者も十分に題材を理解するべきである。
評価

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